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教えて苫米地先生「自由意志」

2026/5/13 更新

「自由意思」とは、本当に存在するのでしょうか。

私たちは普段、「自分で考え、自分で選択している」と信じています。
しかし、その判断や価値観は、本当に"自分自身だけ"によって生まれているのでしょうか。

ドクターはまず、「自分」と「環境」を切り離して考えること自体に疑問を投げかけます。

人は常に、周囲との関係性の中で影響を受けながら生きており、完全に独立した存在として成り立っているわけではない、と。

そう考えたとき、「自由」という言葉の意味も、これまでとは違って見えてきます。自分の意思だと思っていたものは、どこまでが本当に自分のものなのか。
そして、"自分らしさ"とは、一体どこに存在しているのか――。

本講義では、西洋と東洋の世界観の違いにも触れながら、「個」と「関係性」というテーマを通して、人間のあり方をあらためて問い直していきます。

さらに議論は、AI時代における人間の境界へと広がっていきます。

人と機械の区別が曖昧になりつつある今、「自由意思」という問いは、単なる哲学ではなく、私たち自身の存在に関わるテーマになり始めています。

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Vol.1 東洋思想に"個体"という概念はない

----今日は「自由意思」についてお聞きしたいです。ちょっと前に、先生が精神科のお医者さんと対談しているのをお見かけしたのですが、対談後に、自由意思についていろいろ話していたのが印象的だったので、改めて「自由意思とは何か」を聞かせてください。

苫米地 『サイゾー』でやったやつね。まず、日本の精神科の医師が学ぶ精神医学は、アメリカで生まれた学問なのね。西洋医学は二元論なんだよ。それは仕方ないところがあって、西洋はもともと、宗教的に、個体を一と見るのね。Aさんが一人いて、Bさんが一人いる、と。法律にしても、Aさんの犯罪はAさんの犯罪でしょ。Bさんの犯罪はBさんの犯罪である、と。契約書でも同じで、甲と乙の契約、だからね。いいけど、「俺たちの体内にある大腸菌の数は入れてくれているんですか?」(笑)。身体中にいる、その他の微生物の数を入れてくれていないよね? なぜ入れてくれないの? 俺たちは微生物の集まりとして成り立っているのに。腸にいる微生物の数を入れたら、無限でしょ?

----微生物まで、一つの生命に数えるんですか?!

苫米地 だって、一つの生命でしょ? 俺たちの生命を維持するために必要だよ? 腸内に微生物がいなければ消化不全になったり、ビタミンの合成もできなくなるよ。結果的に免疫力も低下して、恐らく死ぬ。もっと言ったら、ミトコンドリアはどうするの? 無かったら、酸素をエネルギーに変えられなくなる。

 ミトコンドリアは、途中から人間の細胞内に入ってきた細菌だから、もしかしたら地球外生物かもしれないような存在(笑)。なぜなら人間は、海の底で育った、窒素をエネルギーに変える生物から進化したはずでしょ? それなのにいまは、酸素をエネルギーに変えている。ミトコンドリアによって、酸素をエネルギーとする生物に変えられてしまったのかもしれない。それで我々はいま、地上で生きることができているわけ。ということは、人間の一個の細胞でさえ、一つの生命体かもしれないよ。

 西洋では「環境と自我は別もの」と考える。でも東洋の仏教では、「環境と自我は同じもの」と考える。だから「我々に自由意思はあるのか、ないのか」という問いかけは、「自我に自由意思があるのか? ないのか?」って聞いているようなものだし、それは「環境に自由意思があるのか? ないのか?」って聞いているのとも同じこと。そんなことは考える対象ですらないんだよ。俺たち東洋的システムでは、一個体という概念が元々ないから、自由意思、という概念もないの。

----ないんですか!?

苫米地 ないよ。例えば、鍼灸の経絡がそう。経と絡の結び目を経穴って言うんだけれど、昔、中国と日本で、経絡の位置が違っていたのね。その時点でおかしんだけど(笑)、とりあえず、「日本と中国で一緒にしよう。中国で始まったもののようだから、中国式に統一しよう」っていうことになったの。だけど、それで大丈夫なのか、って日本側は思うでしょ? だって、日本側のやり方と比べると、3センチ近くもズレたツボがいっぱいあったんだから(笑)。でも、それで効果が出ていたわけ。ということは、経穴って、物理空間の場所じゃないんだよ。「目安として親指一つ分ね」とか言っていただけで、本当は情報空間の話だった、ってこと。この話のどこに、俺たち人間の自我や自由意思がある? 環境が大きく変わっているのに「効いた!」「治った!」とか言ってるんだよ(笑)。こんなの、中国側が日本式に合わせたとしても同じことが起きるよ。ということは結局、環境次第だし、「個って何?」って話でしょ? 

----確かにそうですね。

苫米地 実は、そんなことは西洋の精神医学をやっていてもわかるわけ。なぜなら、物理的に、脳が壊れれば人間は壊れるけど、心が壊れても脳は壊れる。いまでは、トラウマは心的外傷ではなく、実際に、脳の神経細胞を傷つけていることがわかっているから。ということは、心と身体は同じもの。自分の外部と内部、というような考え方はないの。環境が自分で、自分が環境なの。

----あっ、はい。やっとわかってきました。

(vol.2に続く)
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